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[ 作品の題名 ] バイクとの出会い(私の場合)
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私は最近アメリカンスタイルのバイクにはまっているのですが、私がバイクに乗り始めた頃(28年位前)には国産のアメリカンバイクは無く、ハーレーはあったのですが殆ど見た事もないくらい希少でした。
{バイクとの出会い} 私の実家(長崎の田舎)は当時交通量もほとんど無く、幹線道路以外は未舗装で、おまわりさんもめったに来ない(たまに原付に乗って来るくらい)様な所でした。 私の2歳上の兄が原付の免許を高1で取ってヤマハのスポーツタイプの原付を買いました。 おやじがもともと乗っていたトウハツの125(その当時トウハツはすでに潰れていた)と合わせて二台になった訳す。 たまに兄貴がトウハツおじさん(125の実用車)に乗り、私がヤマハ君(原付)を借りて乗るようになりました。(私は中学2年生ですからもちろん2人共無免許です) ヤマハ君のウインカーはヘッドライトの途中から出ていてヘッドライトの本体はプラスチックで出来ていたのですが、その部分を私が壊してしまいました。 ある日私は近くの公民館までピンポンをしに行く途中、原付のおまわりさんにバッタリと出会ってしまったのです。 私はクラスでも前から2番目という「ちび助」でしたので、おまわりさんは私をすぐに呼び止めて言いました 「おまえ中学生だろ」 「.....」 一応住所氏名を聞かれおまわりさんは言いました「家まで押して帰れ、絶対に乗るなよ」 おまわりさんが走り去った後、素直な私は押して帰ることにしたのですが、バランスを崩してしまい反対側に「押しゴケ」してしまったのです。 あわてて起こすとその反動で今度はまた反対側に倒してしまいました。 おまわりさんに捕まったことでかなり動揺していたのです。 「兄貴に怒られる、どうしよう」 兄貴には何度も殴られて顔に青アザを作ることもたびたびあったので恐くてたまりません。 「どうか何ともありませんように」 再びそっとヤマハ君を起こして見るとウインカーの付け根(ヘッドライトの本体)のプラスチックが左右共パックリと割れているではありませんか。 「ドッヒャー」 殴られる覚悟を決めて家に帰って事情を説明すると、以外にも兄貴はたいして怒りませんでした。 「いつのまに兄貴はこんなにやさしい人になったんだろう」 おやじもたいして怒らなかったので1週間も経つと私は再びヤマハ君に乗っていました。 兄貴はすぐに自動二輪の免許を取って、車に乗り換えた従兄弟からのホンダCB250を譲り受けたので、ヤマハ君は私の物になったのです。 {中学生ライダー3人組} 近所に同級生の男子は私を含めて3人でしたがバイクを持っているのは私だけだったので得意でした。 学校が終わると走って家に帰りヤマハ君に乗り回しました。 ある日、同級生の「たかしちゃん」に 「俺も兄貴のバイクに乗るから一緒に乗って遊ぼう」 と誘われました。 たかしちゃんは高3になるお兄さんがカワサキの125のオフロードバイクを持っていたのです。 たかしちゃんの家に行ってみると 「鍵がどこにあるか分からないんだ」 というではないですか。 なんと大胆な!たかしちゃんはお兄さんに内緒で乗るつもりなのです。 「作ろう」 「なっ、何を?」 「鍵だよ」 私は半信半疑であっけにとられていたのですが、たかしちゃんは金切りばさみと鉄板を持って来ました。 ほんとうに作れるとは思いませんでしたが私も手伝いました。 金槌で叩いたり、ヤスリで削ったりして、なんとかそれらしい形になりました。 カワサキさん(125)に突っ込んでみるとうまく入りません 「もうちょっとヤスリをかけよう」 何回かやっているうちに 「おっ、入った」 恐る恐る回してみると、なんと回るではありませんか。 「やったー」 2人の喜び様といったら、ただ事ではありませんでした。 さっそくたかしちゃんが試乗し、でこぼこ道を500mくらい行って帰って来ました。 そしてキーのところを見てびっくり、何とキーが付いてないじゃないですか。 あとで聞いたのですがそのころのカワサキのバイクのキーはドライバーでも回るそうです。 でこぼこ道で落っこちてしまったのです。 草がぼうぼう生えている道だったので探すのは最初から諦めました。 エンストさせてエンジンを止めそのまま車庫に返しておいたのですが、たかしちゃんがその後お兄さんにばれたかどうかは聞きませんでした。 そして恐るべきは、もう1人の同級生「ひできちゃん」です。 私の場合は「兄貴がいらなくなったので譲り受けた」という正当な理由?があったのですが、ひできちゃんは中学2年生にもかかわらず、なんと「お父さんにおねだり」して80CCのバイクを買ってもらったのです。 そして学校が終わると走って帰り3人でバイクに乗って遊ぶ毎日が始まったのでした。 今では考えられない事ですが、その頃は今とは比べ物にならないほど交通量が少なく、ど田舎だったので許された?のでしょう。 {バイク屋の息子} 当時私がバイクに夢中になったもう1つの理由は仲のいい友達にバイク屋さんの3男坊「かずたかくん」がいた事でした。 お父さんと長男、次男がホンダのバイクや車の販売、修理、車検などをやっていて、とにかくバイクの事に詳しいのです。 学校の帰りにはみんなでかずたかくんの家に寄って置いてあるバイクに跨ったりしました。 かずたかくんは学校にもよく「モーターサイクリスト」という雑誌を持って来て、みんなでわくわくしながら見ました。 かずたかくんが 「この前CB350に乗ったぞ」 なんて言うと 「350?スゲー」 みんな尊敬の眼差しで見るのでありました。 私もお金があるとモーターサイクリストをよく買いました。 そしてバイクの写真を切り抜いて壁に貼ったり、ツーリングの投稿記事を夢中で読んだりしました。 かずたかくんは自転車のカスタムが得意で、フォークを2倍くらい長くしたり、ハンドルをいろんな形に作り直したりするのです。 私は羨ましくてたまりませんでした。 私の家は農家でのこぎりとかナタとか、その他いろんな工具類などは揃っていたのですが、さすがにアセチレンガスバーナーや溶接機などはありません。 木工などは得意な方でしたが、金属加工は設備が必要なのです。 かずたかくんの家には商売柄いろんな設備が揃っていたのです。 バイク乗りにとって金属加工の設備があるというのは羨ましいですよね−。 カスタムなんか自分の発想次第でどんなことでも実現できるんですからねー。 金属加工に限らずカスタムの原点は豊かな発想と物造りだと思いませんか? 私は今のところ自分の発想と技能でカスタムをしてはいないので偉そうな事は言えませんけど。 {また捕まった} 夏休みのある日、兄貴の同級生の「しげるちゃん」とその弟の「しいぼちゃん」と私は近くの堤に泳ぎに行こうと、しげるちゃんのカワサキA1(2スト250)に3人乗りで出かけました。 途中まで行くと前に捕まったことのあるおまわりさんに出くわしたのです。 「こらー止まれー」 3人は素直に止まって事情聴取を受けたのは言うまでもありません。 この時しげるちゃんは自動二輪の免許を持っていませんでした。 おまわりさんは私を見て 「おまえどっかで見たことあるなー」 と言いましたが 「えっ、知りませんよ」と私、 記憶力の悪いおまわりさんで助かりました。 しかしこのおまわりさんは交通パトロールをしている訳ではなく国勢調査かなんかで回っていたので 「押して帰れよ」 と言っただけで署に報告してはいなかったようです。 おまわりさんのバイクの音が聞こえなくなると3人はバイクに乗って家に帰ったのでした。 数ヶ月後、学校の帰り道のヘアピンカーブを歩いていると前からバイクに乗ったおまわりさんが走ってきて私の目の前でスリップしてコケたのです。 よく見るとあのおまわりさんではありませんか。 私はおかしくてたまらなかったのですが、このおまわりさんに2回も捕まっているので下を向いて必死に笑いをこらえていました。 おまわりさんはすっくと立上がり屈伸運動などをして何事もなかったような顔をして走り去って行きました。 私がその後で声を出して大笑いしたのは言うまでもありません。 {アクセルターン} バイクに乗っている人なら知っていると思いますがバイクのテクニックの1つにアクセルターンというのがあります。 クラッチを握りバイクをいっぱいに傾けてアクセルをふかし一気にクラッチをつなぐと後輪がスリップして一瞬のうちに180度回転するのです。 当時、近所の高校生のお兄さんがこのアクセルターンが得意でよく私達の前でやってみせるのです。 私にはこれがすごくカッコよく見えたのでした。 そして「ひできちゃん」と一緒にアクセルターンの練習に励んだのです。 なんせド田舎のことですからほとんどが未舗装の道路で後輪を滑らせる事はそんなに難しい事ではありません。 そして何処の家の庭先でも練習できるくらいの広さはあるのです。 しかし中学生の私達には結構難しくてよく失敗してはマフラーでふくらはぎをやけどしたのでした。 ある日兄貴の学校の先輩がカワサキのW1(650)に乗ってやってきてアクセルターンをするではありませんか。 私はこの人がスーパーマンのように見え、とっても尊敬したのでした。 まだ続きがあるのですが読んでみたい方は私のHPで読んでください。 http://www1.neweb.ne.jp/wb/yamaboushi/index.htm 山法師自動二輪倶楽部のところです。(ちょっとわかりにくいかも) |
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[ 作者 ] 山法師
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