PORTFOLIO

[ 作品の題名 ] 尾崎豊とバイク、そして僕。

 バイクに乗る人は、バイクについて語ってはいけない。

漠然とそんなことを考え始めた。
それでも敢えて、バイクの魅力を語ろうと思う。
風であったり、旅であったり、出会いだったり、発見であったり、
その全てであったりするかもしれない。
そして僕は、バイクを僕自身だと感じる。
僕自身を広げてくれるもの。背中を押してくれるもの。
そう、バイクは僕自身、一緒に成長してきたと思う。

 バイクは理不尽な乗り物なのに、僕は乗りつづけてきた。
雨風を直接体に受けなければならない。
転んだときは衝撃を直接、体に受けなければならない。
マンホールのふたや、アスファルトの上の砂とか、
些細な理由で転んでしまうこともあるし、
車の方が悪い事故でも、怪我をするのは自分自身なんだ。

 そして僕は、バイクなしでは生きていけない。

雨の日に、雨を感じることも
冬の寒い風を感じることも、普通の人は、
避けるものだということは、知っている。

初めて自転車に乗った日のことを、覚えている。
ものすごいスピードで、どこまででも行ける気がした。
そして僕が初めて50の原付バイクに乗ったとき、
本当にどこまででも行けるという、実感がした。

自転車を乗り始めた少年は、世界の大きさと、
自分の無力さを、いち早く理解してしまう。
大学への通学用に買ったバイクは、原ちゃりではなく、
僕を限りない世界へと導く何かだった。

僕が、僕であるために。

僕は尾崎豊の歌が好きだ。
僕が僕であるために、僕はきっと走りつづける。

盗んだバイクで走り出す、行き先も、わからぬまま。

僕がバイクの上で、歌っていると、
交差点のおばちゃん達が振り返ったりする。
これは僕のバイク。いいえ、むしろ僕自身。
だけど、行き先は、僕もわからない。

わかっているよ。今は、学校に向かっているんだ。
だけどね、何のためなのか、どうしてなのか?
僕はやっぱり、行き先がわからないままでいる。

そう、行き先がわからなくても善い。
だって、今が、この瞬間が、限りなく大切だから。
ここではない,何処かへ、確かに僕は向かっている。
そのプロセスが、真実そのものだと思う。

雨の日は、ぬれる。冬は寒い。
まるで、人生みたいだ。
美しいものばかりじゃないけど、だけど、
そのすべてを大切に感じ、楽しむことが出来る。

50のバイクを盗まれて、
90のバイクを買った。
少し大きくなったバイクが、少し成長した僕を、
また少し遠くまで運んでくれる。
遠く離れた、愛する人に会いたくなった夕暮れに家を出て、
一晩で横浜から広島に行く事だって出来た。
想いがあれば、何だって出来るって、そう信じてる。

行きたい場所に行くこと、行けること。
止まりたいときに止まれること。
真実の自由を、実感できるということ。

今は125のバイクに乗っている。
お気に入りのスニーカーのように、体になじむ。
だけど、このバイクは、時速80キロもでる、
そんな素敵なスニーカーなんだ。

 就職活動を始めた僕。大人になりつつあるんだ。
時間が足りなくなってきて、
高速道路を走ろうとしている。

 バイクを新しくしようと思う。
新しい人生を、僕はこれから歩もうとしているんだ。

バイクも、尾崎豊も、
僕の人生を支えてきてくれたものなんだ。

自由の本当の意味を忘れないように、
風の美しさと優しさを忘れないように、
夏の雨の慈しむような温もりや、
冬の風の透明なまでの冷たさを忘れないように、
人生の全ての瞬間を愛せるように、
僕は、きっと走りつづける。

自由で、あるために。

[ 作者 ] 小林 賢治

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